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(2)川崎宿 「蛇も蚊も」と奇妙な言葉が
| 川崎宿は、宿駅制度発足より20年ほど遅れて制定された宿場であったが、東海道を往来する旅人の宿とともに、厄除けで有名な川崎大師の参拝客でも大いに賑わった宿場であった。しかし、度重なる火災や戦災で昔の面影はほとんど残っていない。 |
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平成17年11月1日
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ここには徳川家康が架けた橋があったのだが洪水で流され、明治に入るまで船渡しだったとのこと。 川崎宿に入ると、宿の入り口に「旧東海道」(右)と刻まれた石標が建てられている。 |
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| 宿場入り口の右側が「万年屋」が有った場所である。万年屋の「奈良茶漬け」は弥次さん喜多さんも食べたほどの有名な茶漬けだったらしい。 |
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![]() 100mほど歩くと左側に「川崎宿史跡めぐり案内板」(左)が建てられている。これは参考になった。
道路右側に移ると「田中本陣跡」(右)の標識。さらにその先には「宝暦11年の大火跡」の立て札がある。 |
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小土呂交差点から真っ直ぐな八丁畷を歩くと、八丁畷駅の手前に植え込みが有り小屋の中に「芭蕉句碑」(右)が建てられている。。 |
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| 八丁畷駅の踏切を渡ると、すぐの左側に「慰霊塔」がある。昭和9年に建てられた塔だが、そのいわれを読むと思わず合掌。 |
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京急鶴見駅のガードをくぐり、商店街を真っ直ぐ歩くと国道15号にぶつかるので横断。 |
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魚河岸通りの終わり近く、「道念神社」(左)入り口に「蛇も蚊も」というなんとも奇妙な言葉が。 約300年前、この地区に悪病が流行したそうだ。そのとき萱で作った蛇に悪霊を封じ込めて海に流したのが起源の行事で 「蛇も蚊も出たけ 日和(ひより)の雨け 出たけ 出たけ」 と大声で唱え海に流したのだとか。 |
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そろそろ「生麦事件碑」が現れる筈だが、と見ると民家の塀に「生麦事件現場」(右)と記された説明書きが。 |
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足は棒のようだし、暗くなってしまったので今日はここまで。同行のU氏とともに京浜急行の生麦駅へ向かった。