日光街道道中記
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(9)古河宿

一歩裏道へ入ると 「時間が止まったような静かな町並み」 が見られます。

 古河宿は平安時代から奥州方面への宿場町として栄え、また鎌倉時代以降は古河城の城下町としても賑わっていた。現在の古河宿の街道筋は、近代的な町並みに変わってしまい、往時の面影は全く見られない。が、一歩裏道に入ると落ち着いた静かな町並みを見ることが出来る。

平成19年3月20日

 茶屋新田の松並木が終わると、雑木林があったり、「満開の菜の花畑」(左)があったりと変化が出てくる。 県道の交差点を過ぎ、古河高校横まで来ると「十九夜塔」が見られる。

 古河高校のグランドの端に現存の「原町一里塚」(右)がある。江戸から16番目となるが、こんもりと土盛りされた上に榎? が2本。

 古河高校前から道なりに10分ほど歩くと三叉路となり、その先から古河宿に入って行く。

 「台町三叉路」を右に曲がると、、道路の景色が一変する。 近代的に整備された「古河の町並み」(右)には宿場町の雰囲気が全く感じられない。

 せめて歴史資料館でもと数分歩くと「古河城御茶屋口址碑」(右)が目に入った。「将軍が日光社参のおり、ここにあった門から古河城へ御成になった場所」である。

 ここを左に曲がると、やっと昔の面影が残る静かなたたずまいの町並みとなる。

 右に左にと曲がると、突然、時代劇の世界が現れる。ここは古河藩の家老であった「鷹見泉石の記念館外塀」(左)であるが、思わず写真に撮りたくなるような景色。

 鷹見泉石は古河藩・藩主の土井利厚・利位に仕えた家老だが、幕府への影響力も大きかった人物である。

 鷹見泉石が晩年に過ごした隠居所が 「鷹見泉石記念館」(右) として一般開放されているが、この建物は寛永10年(1633)に建てられたもの。

 記念館対面の「古河歴史資料館」「古河城の模型」(左)が展示されている。 古河城は渡良瀬川の改修工事で城郭の大半が消滅してしまい、城址を見ることはできない。

 街道筋には往時の面影が全く感じられないが、裏通りは結構良い雰囲気が残っているので、街道に戻る前にちょっとぶらぶらと。

 古河文学館前を通って「古河小学校付近」(右)から「福法寺」周辺にかけては古い建物がちらほら見え、しかも、しーんと静まりかえっている。まるで時間が止まったかのようだ。

 古河城は消滅してしまったが、数ある古河城の門のうち、乾門が「福法寺山門」(左)として残っていた。明治6年(1873)の解体時に払い下げられたそうだ。

 街道に戻る途中に「肴町」(右)と呼ばれる一角がある。諸大名を接待するご馳走番所があり、また、城内への食料品供給路でもあったことから「肴町」と呼ばれるようになったのだとか。

 「肴町」界隈も昔の面影が残る雰囲気の良い路地である。(路地よりはちょっと広いが)

 街道に戻ると、とたんに近代的な町並みに変わってしまうが、その落差を楽しむのも一興か。

 本町2丁目交差点を渡ると、右側に「古河城下高札場址」(左)と刻まれた石碑が建てられている。

 高札場の対面、道路向こう側の石碑には「古河城下本陣址」(右)と刻まれている。この周辺は「脇本陣」「問屋場」などがあり、古河宿の中心地であった。

 本陣跡碑から100mほど先の路地を左に入り、10分ほど歩いて向かった先は「正定寺」

 「正定寺黒門」(左)は古河藩土井家の江戸下屋敷の表門を移設したもの。 だがここへ来た目的はこれだけではない。

 芭蕉句碑が有るはずだが、探しても無い。 ご住職に尋ねたところ 「一般公開してません」 というつれない返事。

 トボトボと街道に戻り少し歩くと、「左 日光道」(右)と刻まれた道標が歩道の真ん中に。ここを左に曲がると、江戸時代の道標に「右江戸道 左日光道」(右)とある。

 道標の先の十字路を右に曲がると「よこまち柳通り」(左)と刻まれた石碑が目に入る。

 江戸時代は 「横山町通り」 と呼ばれ、古河宿の北玄関口として旅籠や茶店が並び大変賑わっていた。再開発で名称が少し変わったが、雰囲気の良い通りである。

 石碑の斜め先に「古河提灯竿もみ祭り発祥地碑」(右)が建てられている。関東の奇祭といわれる野木神社の神事である竿もみが、ここ横山町通りで行われるようになったのだそうだ。

 よこまち柳通りから、先ほど分かれた県道に合流する手前左側の「本成寺山門」(右)だが、傍らの石碑に「古河城北赤門の寺」と刻まれている。が、調べたが云われが分からない。

 古河宿を後にして次の宿場である野木宿に向かう途中の右奥に「塩滑地蔵菩薩」(左)のお堂が有る。

 お堂前で休憩していたら、お婆さんがお参りに。 「リュックなんか背負って何処へ行くの」「日光なら電車ですぐよ」「歩いて!変わった人もいるもんだねー」 本人を前にして大胆な発言だねー。 

 塩滑地蔵を出ると5〜6分で国道4号に合流、栃木県に入り、向かう宿場は野木宿である。  

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