![]() ![]() ![]() |
|

雀宮宿(すずめのみやしゅく) なんともロマンのある宿場名だが、実は悲しい伝説がある。
| 雀宮宿は、宿内にある 「雀宮(すずめのみや)神社」 に由来している。 この宿場も石橋宿と同様に、当時の街道と現在の国道4号が重なっており、 宿の長さも5町20間(600m弱)と小さな宿場であった。 |
|---|
平成19年4月4日
![]() 雀宮宿に入る少し手前の国道右側に石碑が1本立っている。「茂原正観音道」(左)と刻まれているが、下野三十三観音霊場の二十番札所へ行く道標である。しばらく歩くと99kmポスト発見。見どころの無い道を歩いていると「ゾロ目(揃目)」(右)というだけで新発見をしたような。 百武さんという方のブログに「総アクセス数が1111になりました」という記述が有ったが、これなどはゾロ目のゾロ目。 |
|---|
![]()
雀宮町に入ると左側の駐車場の端に「雀宮本陣跡碑」(左)が建てられている。それほど小さくはないのだが、うっかり見落としてしまい、うろうろと探し回ってしまった。 その先右側の黒い屋敷門と立派なお屋敷が、かつて「脇本陣」(右)であった芹谷家である。 今の雀宮は街道沿いのひなびた町、という雰囲気だが車だけは多い。車の切れ目を探してシャッターを押すのだが、脇本陣跡門の撮影は苦労した。 |
|---|
![]()
脇本陣跡から数分先に宿場名にもなった「雀宮神社」(左)がある。ロマンチックな名称だが、幾つかある云われの内の一つ「紅雀伝説」をご紹介。 雀宮神社の前に「100kmポスト」(右)が建てられている。特にどうということは無いが、区切り、ですかね。 |
|---|
ここから4月10日
![]()
国道をテクテクと30分、左のちょと奥まったところに見える派手なお堂は「寿鶴(すず)薬師堂」(左)。屋根も壁も扉も真っ赤。派手だナー。小さいけれど存在感あるよ。 さらに20分ほど歩くと「一里」(右)というバス停が有る。ここは26番目の「江曽嶋一里塚」が有った場所だが、今はバス停 |
|---|
![]() ![]()
参考までに:雀宮駅の開業は明治28年(1895)だそうです。 |
|---|