日光街道道中記
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(15)石橋宿

写真を見ると次々に見どころが有るようだが、本当は 「30分歩いて次に到着」 という場合が多いんですよ。

 石橋宿の街道筋は現在の国道4号とほぼ重なっている。町並み5町30間というから約600m弱、戸数も70余という小さな宿場であったが、本陣・脇本陣をそれぞれ1軒ずつ構えていた。今の石橋町には往時の面影はほとんど残っていない。

平成19年4月4日

 国道4号と平行するように「旧日光街道」(左)が走っている。片側が杉林、片側が畑、車はほとんど通らない。日光街道では久しぶりのノンビリした旅である。

 ノンビリできた街道歩きも30分ほどで道が雑木林に変わってしまい通れない。再び国道歩きとなってしまった。

 国道を5〜6分歩いてから「下石橋一里塚跡」(右)を探すべく、旭自動車前の細い道を左に入ったが簡単には見つからい。行きつ戻りつして探した畑奥の笹藪の小山が一里塚跡であった。


 再び国道に戻り約20分、国道352号との交差陸橋の手前左側に「夕顔橋の石仏群」(左)が国道に背を向けて並んでいる。街道沿いに散在していた石仏を集めたのだろう。
 

 さらに15分ほど歩くと石橋宿に入る。宿場入り口の左側にある「愛宕神社」(右)の参道桜並木はまだ5分咲きといったところか。

 石橋宿に入っても、かつてここが宿場町だったという面影は全く感じられない。

 商店が並ぶ町の中心辺りにある伊沢写真館が「脇本陣」(左)が有った場所だと云われているが、表示は無い。

 さらに100m程先の伊澤茶舗は「本陣」(右)が有った場所。ここも表示は無い。

 石橋交差点の先右側に、将軍日光参詣時の休憩所となった「開雲寺」(左)がある。どういう分けか「開運寺」と記された資料が多い。

 国道4号をてくてくと30分。やっと到着した場所は「鞘堂」(右)。小山・宇都宮合戦の戦死者の鞘を集め埋めた場所なのだそうだ。

ところで、地元のお爺さんに
 鞘堂はどこでしょうか  ここだよ  ?  だからここだよ お堂が有る・・・・  あーお堂けー  お堂ならあそこを右に入るんだ。
「鞘堂」は地名にもなっていたんですね。

  この後は、すぐ先の「星宮神社」を見て再び国道4号の旅。 この辺りの国道4号はバイパスが出来たおかげでトラックが少ない。地図を見ると、次の宿場である「雀宮(すずめのみや)宿」までは3km強、よーし頑張って歩くぞー。

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