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 甲州街道 道中記 
街道地図
(43) 金沢宿   おてつき石 ? 変わった石だがどんな石?
金沢宿は山間の小さな宿場で人口600人余というから蔦木宿とほぼ同程度の規模であった。国道20号沿いであるが
往時の面影はあまり残っていない。宿場の先で、左右両方の塚が現存しているという貴重な一里塚を見ることができる。

 平成19年1月19日

とちの木集落を通り、原の茶屋集落を抜け久しぶりに「ツララ」(左)を眺めながら坂を下ると国道20号に合流。
  

国道のKmポスト「東京から184Km」(右)、終着の下諏訪宿はもう少し先だ。夏真っ盛りに日本橋を出発したが今は冬本番。ちょっとのんびり歩きすぎたかな。


国道20号の神戸八幡交差点を左に曲がると1200年以上の歴史を持つという 「御射山(みさやま)神戸八幡神社」(左) 。社殿の左にそびえている大木は樹齢390年以上という大ケヤキ。

一見なんでも無い神社が1200年も続いているとはすごいなー。

国道に戻り数百m先で再び左に入る道が旧甲州街道。入り口の馬頭観音を見ながら坂を上ると途中に何十体という「馬頭観音・供養塔などの石塔群」(右)が。


坂の頂上に見える大木は「一里塚の大欅」(左)と呼ばれているが ここは江戸から49番目となる「御射山神戸一里塚」(右)。

左右両塚が現存しているという貴重な一里塚で明治中頃までその役目を果たしていたそうだ。

一里塚先の「雑木林の中の道」(左)を通り過ぎると再び人家の中の道。

孫と遊んでいたお婆ちゃん「正面に見える山が北アルプスよ、右を向けば八ヶ岳でしょ。振り向けば南アルプス、全〜部見えるなんてここだけよ」。本当だ。しかも真っ白に輝く山並みが見えるなんて最高だ。

アルプスと南アルプスは上手に撮れなかったが「八ヶ岳」(右)は真っ白な山並みが綺麗に写っている。


国道20号に合流して10分ほど歩き泉長寺の看板に誘われて左に入ると  「萬霊等」(左)。調べると「等」の字を使う萬霊塔も結構多いのですね。「諸々の」という意味で使うそうですが。

ここにはもう一つ  がある。「おてつき石」(右)とは奇妙な。

おてつき してしまった旦那衆の懺悔石?いやいや、もっと真面目な石でした。殿様が通るとき「自分は宿場の宿役人です」とこの石に手をついて言上したのだそうです。


街道に戻り金沢交差点まで来ると交差点の向こうに「長野縣」(左)と刻まれた石碑が建てられているが、ここが「金沢本陣跡」(左)。

本陣跡の2〜3軒先の家に「木鼻彫刻」(右)が施された家がある。
珍しいので写真に撮っておいたが、後日調べたところ江戸時代まで茶屋を営んでいた近江屋の家だという。

寺院などではよく見かけるが一般の家屋に木鼻彫刻は珍しい。
   


さらに数軒先、「HOTEL松坂屋」(左)と彫られた木製の看板を発見。ホテルというからには江戸時代の物ではないが かなり古い。いつの頃か分からないが華やかに営業していたのだろうなー。


数分歩くと連子格子のかなり大きな建物が。昔、馬方宿を営んでいたという小林氏宅であるが歩道際に「馬つなぎ石」(右)が一つだけ転がっている。一つだけというのがなんとも寂しい。


宮川に架かる金沢橋を渡ると交差点の向こうに見えるのは「権現の森」(左)。承応3年(1654)に建立された石祠がスタートで、以来、村人の信仰の場、憩いの場として愛され続けている森だという。

参道に鳥居があるが 中には「不動明王石像」(右)をはじめとした石仏や津島牛頭天王・蚕玉大神があるなど神仏混淆の森。廃仏毀釈なんのその。いいですねー、このおおらかさが。 


権現の森から先は国道20号をテクテク・テクテク。 田んぼの中に畳が干してある! と思ったら「寒天干し」(左)であった。朝の寒さは半端じゃなかったが寒い筈だ。寒天干しが出来るくらいだから。

国道と宮川が最接近する場所に「大池一里塚跡碑」(右)があるのだが、なんと、意地悪なことに川の向こう。

バス停清水橋まで戻り万年橋を渡って見に行きましたよ。往復30分。川のこっちに碑を建ててくれればよかったのに。
コメント:一里塚は、もともとは川のこちら側だったたそうだ。


権現の森から30分ほど歩いた辺りで右側の旧甲州街道に入るのだが それらしき道が見つからない。見当を付けて曲がった道がタイヤショップ茅野の手前の上り坂。 これが当たり!

坂を上るとすぐに文字の刻まれた大石と鳥居。鳥居は7年に一度新しく交換するのだそうだ。ということは、鳥居ではなく「御柱」(左)ということになる。地元に残る昔からの風習だが今後もずっと続いてほしい。

中央線を跨線橋で渡るとしばらくは「山裾の静かな道」(右)。 


しばらく歩くと再び国道に合流するが合流点に「野仏」(左)や二十三夜塔、秋葉常夜灯などがあり昔がしのばれる。

国道に合流して数分、坂室交差点を右に入ると「酒室神社」(右)。鎌倉時代から続く御射山祭りのための濁酒(どぶろく)を作るための神社で祭神は酒解子之神(さかとけのこのかみ)

酒解子之神は酒解神(さかとけのかみ)の子供で 実は木花咲耶姫の別名。歩いていると新しい知識が得られていいねー。

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