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甲州街道道中記

(38)甲府宿後半 甲府城を見て、信玄公に会って、ほうとうを食べて、
ミレーの「落ち穂拾い」まで見ることが出来た。

平成18年12月20日

 「甲府の城」と言えば武田家の居城であった「躑躅ケ崎館」が思い浮かぶ。しかし甲府城、通称「舞鶴城」と呼ばれる城も有った。 武田家滅亡後、徳川家康が築き、羽柴秀勝らが整備した城である。 甲府宿後半は、ここ甲府城(舞鶴城)からの出発。

 曲尺手を曲がり、旧甲州街道の城東通りを歩き、遊亀通りの交差点まで来たら左へ曲がらず右へ曲がる。10分ほど歩くと最近再整備された「舞鶴城公園」(左)に到着する。

 徳川家康が築いたこの城も、明治以降は放置状態であったが、石垣の積み直しが行われるなど整備され、公園として解放されている。

 濠に架けられた「遊亀橋」を渡り、石垣に沿って坂を登ると「坂下門跡」(右)となる。この門は鍛冶曲輪と天守曲輪の間に有った門である。

 坂下門からさらに上って行くと「天守台石垣」(左)が見上げるようにそびえている。

 「天守台からの眺望」(左)は素晴らしい。ぐるり360度霞が無ければ富士山も見える。

 天守台を降り、「銅門(あかがね)跡」を通ると、復元された「内松陰(うちまつかげ)門」(右)があり、今はその先から城外となる。

 内松陰門を出て甲府駅前まで来ると、武田信玄が鎧兜に采配を握り、床几に腰掛け一点を睨んでいる。何を思いながら腰掛けているのだろうか。不肖の子、勝頼を嘆いているのかもしれない。 

 ところで「甲州名物は、信玄様に ぶどう と ほうとう」

 なれば信玄様を見た後には「ほうとう」(右)を食さなければなるまい。
カボチャが入った味噌煮込みうどんというところか。  旨い! というほどではない。カボチャが熱かったんだヨ。

 甲府城址を見たし、信玄様にも会った。名物のほうとうも食べたので街道に戻らねば。

 遊亀通りに戻り、しばらく歩くと「問屋街入り口」という信号がある。ここを右に曲がり、突き当たりを左に曲がり、さらにもう一度右に曲がる道が旧甲州街道である。 が、遊亀公園に寄り道をしたくなった。

 公園に向かう途中のホテルの前で「甲府城」(左)に遭遇。

 遊亀公園に来た理由は、ここに芭蕉句碑が有るという情報があったからであるが、ついに見つからなかった。 代わりに「黒猫」(右)と戯れてきたが、この猫ちゃん、足が可愛いいんだ。

 「問屋街入り口」の交差点まで戻り、右へ左へと曲がって着いた所が、甲府駅へ続く「国道52号」(左)との交差点。 ここの歩道橋を渡ると、旧甲州街道は竜王町まで一本道が続く。
  

 歩道橋を渡ってしばらく歩くと、交差点際に「西 志んしうみち 南 みのぶみち と刻まれた道標」(右)が建てられている。?となるのが「西 南」だ。江戸時代の道標だったら「右 左」と刻まれていただろう。

 道標の有る交差点で右側に移り、数分歩いた先を右に入ると3〜4分で「穴切大神社」に到着する。ここの「随神門」(左)は江戸時代後期の建立であるが、桁回りの彫刻がそれはそれは見事である


 再び街道に戻り、左側の一本裏道に入ると「金比羅神社」(右)の境内に「芭蕉句碑」(右)がある。
 「物云えば 唇さむし 秋の風」

 荒川橋を渡り、貢川(くがわ)橋を渡り、その先数分歩くと「サイカチの大木」(右)が2本。地元の人は夫婦サイカチと呼んでいるそうだ。ちなみに樹齢は300年。 夫婦を300年も続けるとは凄いねー。


 サイカチの大木を見た後は黙々と歩くだけだが、途中に「山梨県立美術館」(右)が有るので休憩がてらの立ち寄りがお勧め。ミレーの「落ち穂拾い 夏」が常設展示されているので素通りはもったいない。

 英気を養ったので出発だ。目指すは「韮崎宿」と「七里岩絶壁」。

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