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甲州街道道中記

 

笹子峠越え  見事な紅葉を堪能した峠越えでした。

平成18年11月8日  

 黒野田宿を出ると甲州道中最大の難所「笹子峠」が待っている。鬱蒼とした杉林を行く標高1096mの峠越えはつらい旅であったろうと想像する。途中に3カ所の茶屋が有ったが、今は笹子隧道の開通、さらに新笹子トンネルの開通でハイカーだけが歩く峠道と変わってしまった。

 熊が出る、イノシシが出ると散々脅かされたので今回は仲間を募っての峠越えだ。MB(マウンテンバイク)で高尾の山を走り回っているY氏、登山と山岳写真のベテランA氏、東海道を一緒に歩いたことがあるU氏の4名で熊を撃破だ。

 国道20号のコンビニで水や食料を補給していよいよ旧甲州街道(県道)に入り笹子峠越えに出発。

 旧街道に入ると早速「クマ出没注意」(右)の看板。 しかし今回は4人だから怖くないぞ。

 「峠下の集落」(右)で出会った人に熊情報を聞くと 「最近は出ていない。猟友会のメンバーが山に入ったが出た形跡も無い」 とのこと。ほっとした。
     

 県道に入って4〜5分歩くと道路が左へカーブするが、その直前の「電柱の陰に道標」(左)がある。道標には「矢立の杉」と記されているが旧甲州街道はここから山の中へと入って行く。

 右へ曲がるとすぐに「杉林の中の道」(右)となるが、この道を通る人はほとんどいないのだろう。そのうちに踏み跡も弱くなり獣道のような道を進むことに。一人じゃなくてよかった。

 25〜26分ほど歩くと先ほど分かれた県道に合流する。
    

 しばらく県道を歩き、遊歩道の看板が出たら左側の山道に入ると「再び杉林の旧甲州街道」(左)。 今は植林された杉林であるが、江戸時代は鬱蒼とした杉林の中の街道であったようだ。


 登りが少し緩やかになった先に広場があり、一角に「明治天皇御野立所跡碑」(右)が建てられている。鉄道の笹子トンネル完成が明治35年であるが、御巡幸は明治13年。峠越えだったことになる。

 野立所跡碑から少しの場所に笹子峠を代表する「矢立の杉」(左)がそびえている。説明板によると、「昔の武士が出陣する際に、この杉に矢をうちたてて武運を祈ったので矢立の杉と呼ばれた」とある。

 この杉はとにかく大きい。目通り幹回り9mとあるが、「中は空洞」(右)となっており、人間が数人入れる。しかもその空洞が先端まで通じているので空が見えるという凄い杉の木だ。

 この先も山道を行くのだが、我々はうっかりと県道に出てしまった。

 「笹子峠はすっかり秋景色」(左)となり見事な紅葉が我々を楽しませてくれる。この日は一片の雲も無い快晴。しかも風が無い。暑くもなく寒くもなく最高の日和に紅葉を堪能した峠越えであった。
  

 うねうねと曲がった道を上ってゆくと、ついに赤レンガで化粧された「笹子隧道」(右)が見えた。昭和13年に完成したこの隧道は新笹子トンネルの開通で役目を終わったが、今でも整備され現役で使われている。

 旧甲州街道はトンネル手前右を山の中へと登って行く。かなり急な坂道を登り、やっと頂上の「峠の道標」(左)前に到着。左右の道は登山道であるが、旧甲州街道はこの先を真っ直ぐ下って行く。

 坂を下るとすぐに道は左右に分かれるが右側に「赤鳥居」(右)が見える。ここは江戸時代から旅人の安全を願う祠があった場所なのだそうだ。今も鳥居の奥に小さな祠が置かれている。

 この先は左に曲がり、坂を下るとトンネルの左側に出ることができる。

 トンネルの前に出て一旦県道に入り、すぐにガードレールの間を左に下って行く道が旧甲州街道。数分歩くと県道にニアミスするがここに「甘酒茶屋跡」(左)の標柱が建てられている。

 再び山道に入り、丸木橋を渡ったり、自害沢などという物騒な場所を通り30分、県道に合流しアスファルト道をジグザグに下って行く。

 途中に「桃の木茶屋跡標柱」(右)が建てられているが、かつては3軒の茶屋が有ったそうだ。今は雑木林に変わっている。この先もしばらく山中の道を下ると、彼方に駒飼宿の集落が見えてくる。

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