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甲州街道道中記

 

(26) 下花咲宿   「一里塚跡」が唯一の江戸時代の遺構でした。

平成18年10月17日

 下花咲宿は本陣1、脇本陣2、旅籠は22軒あった。しかし人馬の継ぎ立ては上花咲宿との間で半月交替で行っていたので上・下花咲宿の両宿で一宿という見方も出来るが、それぞれに本陣、脇本陣を持っていたので一般的には別々の宿場として数えられていた。

 大月追分けのすぐ先は「桂川」(左)で、ここに架かる「大月橋」(左)を渡ると下花咲宿である。

 今の下花咲に往時の面影を探すことは難しい。 当時の遺構としては、国道20号とJR中央線の間に残されている「下花咲一里塚跡」(右)だけという寂しさ。

 一里塚説明板の後ろに、こんもりと土が盛られ、エノキが植えられている。「一里塚だよ」(左)とささやかに自己主張しているところが可愛い。

 塚跡には「庚申塔」「馬頭観音」「地蔵」など多くの石塔があるが、その中に「芭蕉句碑」(右)がある。

 「しはらくは 花の上なる 月夜かな   芭蕉」
天保13年(1842)建立の句碑だそうだ。 

  一里塚跡を見たあと、気がついたら上花咲宿に入っていた、というほど往時の面影を感じることが少ない宿場であった。

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