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甲州街道道中記

 


(25)大月宿  ここにも「追分け」が有ったが、今度は交番は無かった。

平成18年10月17日

 この宿場は本陣が1軒、脇本陣が2軒あったが旅籠は2軒だけという寂しい宿場であった。旧街道を歩いても当時の面影はほとんど感じることができない。

 駒橋宿の終わった辺り(バス停 駒橋上宿 )から右に入り、駒橋跨線橋の下を通って行く。

 JR中央線に平行して歩くと、「さつき通り」(左)となるがこの通りが旧甲州街道である。道幅が狭くなんとなく昔の街道跡らしい感じはするが、どこにでもある商店街、そんな場所である。

 さつき通りを抜け国道20号に合流する辺りから大月宿となる。

 市役所前を通り過ぎると「明治天皇御招所址碑」(右)と「説明碑」が建てられている。ここが本陣の有った場所で、道路向かい側に脇本陣が有ったようだが、今はその痕跡は無い。

 本陣跡から数分歩くと「追分け」(左)となるが、この追分けには交番は無かった。冨士講の人達にとっては大事な追分けで、真っ直ぐ行ってしまったら富士山には行かれないという見落とせない曲がり角である。

 分岐点には「追分け道標」(右)が何本も建てられている。 「左 ふじ 右 甲州道」、あるいは「左富士山道 右甲州道中」と刻まれたものなど、それだけ重要な追分けだったのだろう。

 追分けの先は桂川に架かる「大月橋」を渡り花咲宿へと入って行く。

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