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(47)関 宿 江戸時代そのままの町並みがいいですね。でも観光客が多くて。
| 古代から交通の要衝であったこの地は「鈴鹿の関」が置かれたところで、関宿の名もここに由来している。東の追分けから西の追分けまで約1.8キロメートル。古い町家200軒余りが残されており、電柱が全く見あたらないので、さながら江戸時代のような町並みが続く。だが、観光客が多いので、落ち着いて楽しむ、というわけにはいかない。朝早くか夕方が良さそうだ。 |
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平成18年5月12日
| 亀山宿を出て鈴鹿川沿いに歩き、国道1号を越えて左に曲がると彼方に「関宿」(左下)と書かれた大きな看板が見える。 |
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ここから「古民家の町並み」(右)が続くが、この辺りにはまだ観光客が見られず、落ち着いた雰囲気が味わえる。「馬つなぎ環」(右)の残っている民家も有りました。 |
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| 追分けから10分ほど歩くと右側に「ご馳走場跡」(左下)がある。 |
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ご馳走場から数分先を右に入ると延命寺山門の前に出る。この山門は「川北本陣の門」(右)であったが、明治5年に移築したのだそうだ。 |
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| さらに数分歩き右側の狭い路地を入ると、突き当たりが「端光寺」。 |
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玉屋、会津屋とともに関宿を代表する旅籠の一つが「旅籠鶴屋」(右)。脇本陣もつとめたという建物は、千鳥破風付きで他とはちょっと違う。 |
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| 石碑を3本まとめて紹介。 旅籠鶴屋の先に「問屋場跡碑」(左)、その先に「川北本陣跡碑」(中)、ちょっと先の左側に「伊藤本陣跡碑」(右)が道路際に立っている。 |
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この辺りは関宿の中心街であるため観光客が多い。観光バスが到着すると「ラッシュアワーの駅」とは言わないが、人が多くなる。なかでも、おばさんパワーには・・・・・まいった! |
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旅籠玉屋の隣に「高札場」(右)が復元されている。高札場の後ろが「関郵便局」であるが、郵便局とは思えない建物である。そういえば、「百五銀行」も関の町並みにぴったりの建物だった。それぞれに気を使っていますな。 |
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街道に戻るとすぐに「地蔵院」があるが、その横が旅人に人気の3軒目「旅籠会津屋」(右)。ここは関の小萬が育ったところ。小萬はここから亀山に通っていたわけであるが、その努力たるや、鈴鹿馬子唄では 「関の小萬が亀山通い 月に雪駄が25足」 あっぱれ。 |
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| この先も古民家が続くが、こちらには観光客がほとんどいないので、静かな町並みが続く。 |
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この追分けは東海道と大和・伊賀街道の分岐点になる。「題目塔」(右)が建てられているが、右下に「ひだりハ いかやまとみち」と刻まれている。 |
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| さすが「国の重要伝統的建造物群保存地区」だけあって見事に江戸時代が保存されている。 だが、気になることが一つだけある。島田宿の「大井川川越遺跡町並み」でもそうであったが、電柱・電線を全て取り除いてあるのに、屋根の上にTVアンテナが見える。「画竜点睛だ」と言ったら一生懸命整備してこられた方々に失礼だろうか。 |
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