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(45) 庄野宿 宿場の雰囲気を楽しむ間もなく通り過ぎました。
| 庄野宿は幕府の直轄地であったが、石薬師宿と同様に休息地的な存在で、旅籠も15軒と小さな宿場であった。いまでも格子戸の古民家が残り、昔の面影を感じることができる。街道を歩いていると、静かなというよりひっそりした町並みが続く旧宿場町である。 |
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平成18年5月11日
| 江戸時代をイメージできる田んぼの中の一本道から大型トラックが行き交う国道1号に出て、てくてくと20分。 |
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坂を下って100mほど歩いた先の交差点向こう側に「東海道庄野宿」(右)と刻まれた石柱と「庄野宿の説明板」(右)が建てられている。 |
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| 庄野宿碑前を左に曲がると、さっそく格子戸の古民家が現れ、旧街道の雰囲気が出てくる。 |
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資料館の反対側斜め先の民家に「問屋場跡説明板」(右)が取り付けられているが、その説明書きに「問屋二人、年寄り二人、馬差し各4〜5人が交代で・・・・」とある。 |
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その先が「高札場跡」(右)、さらにその先が「助郷会所跡」(右)となっている。庄野宿のように小さな宿場は助郷が頻繁に行われ、これによって宿場が維持されていたようだ。 |
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静かな町並みの終わりは宿場西入口に設置された「庄野宿碑」(右)。あっという間に宿場の外へ出て国道1号に合流する。 |
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傍示杭の隣に「女人堤防の碑」(右)と言われる石碑がある。ここは鈴鹿川の氾濫に悩まされた地。 |
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| あっという間に通り過ぎてしまった庄野宿であった。この先十数分歩くと川俣神社があるが、そこから先は六万石大名石川氏の亀山領となり、向かうは亀山宿。 |
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