|
|
|---|



(41) 宮 宿 ついに到着『宮七里の渡し場』
| 「熱田宿」ともいわれた「宮宿」は熱田神宮の門前町であるとともに、桑名宿への「海上七里の渡し」の玄関口としても賑わいを見せ、本陣2,脇本陣1,旅籠は248軒と規模の大きな宿場であった。天保14年には宿内人口が1万人を越えていたと云われている。 |
|---|
平成18年4月6日
| 山崎橋を渡ってすぐに左へ曲がり、道なりに10分ほど歩くと広ーい道路やら、高速道路やら、大きな歩道橋やらが現れる。さてどこから向こうへ行こうか迷ったが、右側の歩道橋階段を上がって広ーい道を越えたのが正解だった。 |
|---|
|
その昔、織田信長が熱田神宮から笠寺まで整備した道が、田と田の間を通っていたことから「八丁畷」と言われたそうだ。また保存されていた親柱を使って復元された橋が「旧松田橋」である。 |
|---|
|
|
|---|
|
「惚れて通えば千里も一里、逢えずに帰ればまた千里」 ご存じ「都々逸」の一作。 都々逸は熱田で生まれた神戸節(ごうどぶし)が起源とも言われており、姥堂の右側の奥には「都々逸発祥の地碑」(右)が建てられている。 |
|---|
| 伝馬町通りを真っ直ぐ進むとT字路に突き当たるが、その左側の民家脇に建てられている石柱は「三叉の道標」(左下)。 |
|---|
|
道標の対面に「ほうろく地蔵」(右)の堂がある。 |
|---|
| ほうろく地蔵の前を左に曲がり、国道1号の歩道橋を渡り階段を降りたら、ひつまぶしが名物の「蓬莱軒」横を右に曲がると「宮の渡し公園」が彼方に見える。 |
|---|
|
七里の渡し跡の前に古民家が2軒、「熱田荘」(右)と「丹羽家住宅」である。特に丹羽家は脇本陣格の旅籠屋であったそうだ。 |
|---|
|
|
|---|
|
東海道はここから「海上七里の渡し」で桑名宿へ向ったのであるが、舟に乗らず「佐屋街道」を歩き「佐屋三里の渡し」で桑名宿へ向かうというコースもあった。せっかくここまで歩いてきたので「熱田神宮」にお参りして、さらに「佐屋三里の渡し」まで歩くことに。 |
|---|