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(34) 吉田宿 江戸時代よりもっと大昔 弥生時代の住居も有りました。
| 吉田宿は吉田城の城下町として、また豊川(吉田川)の港町としても栄えたが、すでに鎌倉時代から賑わいをみせていた宿場町でもある。 吉田宿に入ると東惣門の先は曲尺手(かねんで)町と名前がつくように曲がり角が多く、慎重に歩かないと街道を外れてしまう。 |
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平成18年3月3日
| 二川駅から小一時間、坂を上り、ワンちゃんにポーズを取ってもらい、街道松を見てたどり着いた所が国道1号との合流点。 |
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ここから再び国道1号をトラックに付き合って30分。「壽泉寺」「不動院」などを見て、やっと到着した場所が吉田宿入り口の東八町交差点。 横断歩道が無いので歩道橋で向こう側に渡ることになる。 |
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歩道橋で国道1号を渡り、さらに右に曲がって階段を降りると「吉田城東惣門(ミニ復元)」(右)が待っている。 |
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東惣門の先が少し複雑だ。惣門を右に見て50mほど歩いたら右に曲がり、最初の四つ辻を左に曲がり、突き当たったら右に曲がる。
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広い道に出たら次の交差点を真っ直ぐ行かず右に曲がると、最初の十字路に「吉田城大手門跡」(右)と記された標柱が建てられており、この道をさらに進むと「吉田城址」に行かれる。 |
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街道に戻り次の交差点まで来ると、目の前を市電が横切ったのだが、路面電車って走る音がいいんだなー。なんとなく頼りないような音が。 |
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![]() 「豊橋」を渡る道に曲がる前に見ておきたい句碑がある。街道際に芭蕉の句が刻まれた石碑が建てられているが、目指すは「神明社」境内の池畔にある「旅寝塚句碑」(右)である。「寒けれど 二人旅ねぞ たのもしき 芭蕉」 吉野紀行の途次、最愛の弟子に会うため吉田宿に泊まったその夜の句だそうだ。 |
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ういろう店のすぐ先右側の「聖眼寺」境内には「松葉塚」(左)がある。 |
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歩道際に「史跡境界」と刻まれた石碑が立っており、その上に「瓜郷遺跡」の看板。ちょっと寄ってゆくか。 |
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| 街道に戻りしばらく歩くと登り坂の先に橋が有るが歩道が無い。トラックが橋の欄干ぎりぎりに走ってくる。 怖わー!まだ死にたくないよ。仕方ないので田んぼの中の道を通って国道1号の小坂井大橋を渡り対岸まで行ったが、とんだ遠回りになってしまった。 |
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![]() 元の橋まで戻り坂を下って行くがここも怖い。坂を下ったところに「子だが橋碑」(右)が建てられているが、この碑には悲しい伝説が。この先にある「兎足(うたり)神社」(右)の生贄伝説であるが、悲しい話は割愛。悲しくなったせいか雨が降ってきたので雨宿りがしたい。 雨があがった後は快晴。街道歩きも快調に進む。 「兎足神社」「五社神社道標」「秋葉常夜灯」などを見て十数分。 |
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数分? 十数分?歩いた右側に「太鼓店」があった。太鼓だけを商いにする店はついぞ見たことが無かったが。 その店の前に立つ石碑は「伊奈一里塚跡碑」(右)。 |
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