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東海道五十三次道中記
(26) 掛川宿  掛川宿へ来たらやはり 掛川城 です。  街道地図
 掛川宿は山内一豊が掛川城を整備・拡大したことで、城下町・宿場町として賑わっていた。山内一豊以降、掛川城は徳川譜代の大名が回り持ちしていたことから遠州地方の政治・経済の中心地としても栄えた宿場であった。

 平成6年に掛川城が再建され、城に続く町並みも整備されたが、今年はテレビで「功名が辻」が放映されるなど、再び城を中心にした賑わいを見せている。



平成18年1月27日


 国道1号を西へ歩き大村橋交差点へ来たら夢舞台道標に従って左に入る。さらに歩き続けると「馬喰橋」(左)にたどり着く。橋の親柱が「馬の顔」なんです。象の顔にも見えるが「馬喰橋」だから馬だ。


 橋を渡ると左側に江戸から58番目の「葛川一里塚碑」(右)が建てられている。その横にほっそりした秋葉常夜灯が。ここから5〜6分歩くと「東海道掛川七曲がり」に差しかかかる。


 七曲がりの入り口に「東海道七曲」(左下)と記された小さな表示がある。通り抜けのご案内をしよう。


・「東海道七曲がり」の表示が出たら左に曲がり、学習塾の手前を右に曲がる
・突き当たりに「秋葉常夜灯」(右)が有るのでそこを左に曲がる
・次の突き当たりが「かねも茶工場」なので右に曲がり、再度突き当たったら、もう一度右に曲がる

 「塩の道 道標」(右)を右に見たら道なりに歩き、交差点で左に曲がる。さらに次の交差点を右に曲がり
二つ目の交差点を左に曲がると旧東海道の掛川商店街。 あれっ、8回曲がったなっ。


 ここから1月28日

 商店街の道を西に進むと掛川駅からの道と交差。交差点を右に曲がり「緑橋」(左)を渡ると「掛川城天守閣」(右)に行き着く。本格的木造で復元したというこだわりの城。「日本の城」はやはり木造が似合う。
 

 階段を上がった右側の「御殿」は安政元年(1854)の建物で国指定の重要文化財である。ともに一見の価値があるが開門までに1時間近く。待てない!残念、涙を飲んだ。


 残念がもう一つ。掛川城の隣に「大日本報徳社」の建物があるのだが修復中で見られず。うーん、残念。

 掛川城は天守閣だけではなく「大手門」(左)も復元されている。駅に向かって緑橋を渡り、次の交差点を左に100mほどの所。門を入ると「大手門番所」の建物も見ることが出来る。

 大手門も見たのでまた街道に戻るか、ということで旧東海道の交差点に戻ると、向こう側の建物に大きな「掛川宿大祭壁画」(右)が描かれているではないか。

 京都から歩いてくるといやでも目に入るが、江戸からだとうっかり見逃してしまいそうだ。城に寄らなければたぶん見落としていただろう。


 次の交差点の銀行(二階建て瓦葺の商家風建物)壁面に「山内一豊とその妻」(左)の浮彫刻がはめ込まれている。

 ちょっと気になるのは一豊の妻千代夫人が「内助の功」どころか「われが妻なり」と自己主張しすぎているんだなー。

 「われが妻なり」を忘れて数分歩くと右側に「蕗の御門」(右)がある。 この門は掛川城に建てられていた門で、廃城後に円万寺が買い受けたものだそうだ。 現在は「円万寺」の山門となっている。


 蕗の御門から6〜7分歩くと道が右へカーブするので道なりに歩いていると「十九首塚」(左下)への案内標識が見える。標識に従って右に入ると、住宅街のさらに奥まった一角に首塚があった。何カ所かに標識があったので助かったが、無ければ????となる。

 
今からおよそ千年も前の話。
 常陸を始め関東一円を占拠した平将門が朝廷に逆らい日本中を自分の物にしようと企てた。このため朝廷は藤原秀郷を大将にして将門討伐群を結成。
将門軍は天慶3年(940)に滅ぼされ掛川のこの地で首実検を受けたのだった。検視が済むと首を捨てるように命じられたが・・・・。

 秀郷は、「朝廷に背いた者とはいえ名門の武将、屍にむち打つことはむごい」と一門十九の首を埋葬し、丁寧に供養したという。


 再び旧東海道を歩くとまもなく国道1号に合流。


 国道1号をしばらく歩き大池橋を渡ると右前方に秋葉神社の「鳥居と遙拝所」(左)が見える。かつては橋を渡ると見上げるような大きな鳥居が立っており、この下を通って秋葉神社への旅を続けたそうだ。

 橋を渡って左に曲がるとまもなく「天竜浜名湖鉄道」のガード。懐かしい。十数年前、何度か乗ったことがある。

 階段を駆け上がって「西掛川駅」(右)に入ると丁度気動車が来るではないか。夢中で何枚かシャッターを。



 旧街道に戻り次にめざすは「大池一里塚跡」。7〜8分先の連祐寺前に「夢舞台東海道」の道標があるが、ここに「大池一里塚跡」(左)と記されている。石碑だったらもっと良かったんだがなー。

 少し歩くと瓦葺き、格子戸の大きな家が。由緒有りそうな建物だが、近づくと「造り酒屋の建物」(右)であった。 えっ、こんな所(失礼)に造り酒屋?なんという銘柄?うーん・・・忘れた。メモしておくべきだった。きっと旨い地酒を造っているんだろうな。


 バイパスの高架下をくぐり、東名高速の下を通って善光寺橋を渡ると右側に「仲道寺」(左)への参道階段がある。

 その昔、江戸から京都まで測量したところ、この寺がちょうど真ん中だったので「仲道寺」。隣の寺院は善光寺

 仲道寺を出ると「松並木」(右)が続いている。「田んぼの中の松並木、正に東海道」そんな感じの松並木である。松並木が終わり国道1号に合流し原野谷川の同心橋を渡ると袋井宿へと入っていく。

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