|
|
|---|



(23) 島田宿 ギネスにも登録された『蓬莱橋』は怖かったー。
| 『越すに越されぬ大井川』 の手前の宿場であるため、川越する旅人で大いに賑わいをみせていた。島田市では町並みを「大井川 川越遺跡」として復元し保存している。 ここが他の遺跡と違うところは人が住み、日常の生活をしていることである。 しかし江戸時代の町並みであるから電線などという無粋なものは全く見あたらない。 |
|---|
平成18年1月20日
| 国道1号、そして旧東海道をひたすら歩くと左側に 「夢舞台・東海道 島田宿」(左) の道標が現れ、ほっとする。 |
|---|
|
「夢舞台」の道標横を左に入り、どこまでも道なりに歩くと大井川に架かる蓬莱橋に到着。 |
|---|
|
一里塚から数分歩いた左側の駐車場前に「甘露の井戸水」(右)と記された水飲み場が有った。水質検査の結果も貼られていたが飲むのは・・・・。 マンホール蓋の「奴踊りのタイル」(右)を1枚。 |
|---|
|
「刀匠碑」の隣には「問屋場跡碑」(右)と説明板。立派な石碑で費用もかかったと思うがこれなら後世まで末永く残せるというものだ。 |
|---|
|
さらに2〜3分歩いた本通り2丁目交差点の信用金庫前にある |
|---|
ここから1月27日
|
旧東海道へ出たら道なりに進み、鳥居が見えたら右に入ると「大井神社」(右)である。 |
|---|
| 旧東海道に戻り西へ向かって歩き、東海パルプの正門を過ぎたら塀に沿って左にしばらく歩くと「大井川 川越遺跡町並み」に入る。 |
|---|
|
100mほどの区間だが結構雰囲気がある。今は人が少ないが当時は「川留めにでもなったら旅人が溢れかえっていたんだろう」などと想像をかき立てられる。
コメント:「吉三郎は、お七の魂を鎮魂するべく出家し、西運上人と呼ばれるようになった。そ の墓は東京・目黒の大円寺に有る。 |
|---|
|
川会所の庭にも芭蕉さんが。如舟宅に泊まった折の句です。 |
|---|
|
目の見えなくなった「朝顔」という名の門付け(三味線弾き)、婚約者を捜して島田宿へ。ここで婚約者に遭遇するも目の見えない悲しさ。後で知り追いかけたが川止め。川に飛び込もうとするが、宿屋の主人に助けられ看護を受け、目が見えるようになる。朝顔が初めて目にしたのが松の木であった。 |
|---|
![]() ![]() |
|---|
| 堤に上がると彼方に見えるのは「大井川鉄橋」(上)。今は渡しがないのでここを渡ることになる。橋には左側に「歩道」(右)が設置されているのでここを歩いたのだが怖かった。なにしろ吹き飛ばされそうに風が強い。高所恐怖症ではないが、下を見ると吸い込まれそう。 自転車に乗った元気な兄ちゃんが背を低くして通り過ぎていったが怖くないのだろうか。 |
|---|