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東海道五十三次道中記
(21) 岡部宿  大旅籠 柏屋の帳場に動く人形が。  街道地図
 「山間の小さな宿場」と言われた岡部宿は本宿「岡部」と加宿「谷内」からなり、戸数487という小さな規模であった。岡部宿でぜひ見ておきたい場所が「大旅籠 柏屋」。修復されてはいるが天保7年に建てられた旅籠である。弥次さん喜多さんが上がり框で足を洗いながら 「やあ旅の人・・・・」と声を掛けてきそうな。江戸時代をかいま見ることができる。

 平成18年1月17日

 宇津ノ谷峠を下ってくる途中、左側に髭題目碑がある。

 さらに下って開けたところが蔦の細道との合流点で、右に行くと階段の上に「坂下地蔵堂」(左)が建っている。 霊験あらたかな地蔵様で、遠方からも参拝客が訪れるそうだ。

 しばらく歩き国道1号の歩道橋を渡ると岡部宿の大きな看板と説明板が。整備され広くなった旧街道を進むと右側の高台に見えるのは「十石坂観音堂」(右)。江戸時代末期の造りと言われているが、梁の彫り物が見事


 「十石坂観音堂」から500mほど先の右に下る道が旧東海道。ここに西行の笠懸松伝説が記された板が無造作に設置されている。この坂を下り迂回する形で先ほど歩いてきた道に戻ると、道路の向こう側に「旅籠柏屋」(下)の大きな建物が見える。

 中を覗くと、弥次さん喜多さんが草履を脱ぎ足を洗っている。 とそのとき帳場の女将さんが動いた。えっ動く!  受付の女性だったのですがビックリしたー!


 「柏屋(かしばや)は天保7年(1836)の建物であるが、岡部町が買い上げて修復し資料館として一般公開している。 

 奥庭に柏屋が所有していた「駕籠」(右)が展示されているが、それはそれは立派。

 柏屋の先が本陣だった場所で、「本陣跡碑」(左)が建てられている。

 数分歩き左に入ると、見落としそうな小さな「姿見の橋」(右)がある。なんとこの橋は「小野小町」を悲しませた橋だそうだ。

 岡部宿に泊まった小野小町。この橋から景色に見とれていたが、ふと水面に目を移すと旅に疲れた自分の顔が。過ぎし日の面影を失った老いの身を悲しんだという。
 女性はいつの世も変わらんものですなー。



 旧街道を歩いていると現代風の「高札場跡碑」(左)、「問屋場跡碑」(左)を見ることができる。

 県道に合流した交差点の向こう側には「枡形跡碑」(右)も建てられている。


 枡形跡碑の前の交差点を渡り左へ歩いてゆくと、2基の常夜灯と見上げるような冠木門が。

 広場奥のお堂の中に「五智如来像」(左)が安置されている。如来様が涎掛け? おいおいおい、お地蔵様じゃないんだぞ。赤い涎掛けはないだろう。 如来様だぞ。一番偉い仏様なんだぞ。

 信仰心があれば如来様も地蔵様も共に偉い仏様。まあいいか。

ちなみに右から「阿弥陀如来」「釈迦如来」「大日如来」「阿しゅく如来」「宝生如来」 です。
  



 五智如来像の前の広ーい道を歩いていると彼方に並木が。近づくと松並木であった。「岡部の松並木」(左)として大事にされているようだ。日本の道路には松並木が似合うよ。
 

 松並木が切れた先、国道1号と立体交差するところに「常夜灯と岡部宿道標」(右)が設置されている。最近設置されたものだが、昔を思う気持ちが嬉しいね。


この先は国道1号の下を通って、向こう側に見える細い道に入ると再び旧東海道の静かな街並みになり藤枝宿へと続く。

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