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(16) 由比宿 「雪の薩埵峠」という乙な体験をしました。
| 蒲原宿からわずか一里(約4km)という近さの由比宿であるが、この先に薩埵(さった)峠を控えていることから旅籠が32軒もあり賑わった 宿場だった。平成17年に、本陣のあった場所を「本陣公園」として整備し、「広重美術館」を併設するなど訪れる人を楽しませてくれる。 |
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平成17年12月21日
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地蔵堂のすぐ先に「由比一里塚跡碑」(右)が建てられており、道路向かい側には説明板が設置されている。 |
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枡形道の先の塀にはめ込まれた碑は「御七里役所之跡碑」。紀州徳川家の七里飛脚役所跡で、飛脚は腰に十手を差し徳川家の威光を示しながら江戸との間を往復していたようだ。 |
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正面奥が「広重美術館」で、広重を中心に浮世絵版画の展示が行われている。また版画の制作過程も展示されているので見逃せない施設である。 |
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本陣公園を出ると目の前にある家が「正雪紺屋」(右)。 現在は18代目吉岡家が紺屋を継いでいる。ここは三代将軍家光の死後、幕府転覆が企てられた慶安事件の首謀者「由比正雪」の生家でもある。 ![]() ![]() 正雪紺屋の隣が「脇本陣温飩屋(うんどんや)跡」(左)。その斜め前に「脇本陣羽ノ屋跡」(左)と正に宿場の中心といえる。 |
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その先左側の塀に「由比宿西木戸跡」の説明パネルが設置されている。 |
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ここから平成18年1月15日
| 「曇りのち晴れ」のはずが小田原辺りから雪がちらほら。 「温暖な由比では雨だろう」が大外れ。由比駅でもさかんに雪が降っている。「雪の薩埵峠も貴重な体験」と強がりを言いながらポンチョをかぶって駅を出た。 |
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県道を左へ歩いて行くと道路向こう側に「今宿の六地蔵」(左)。この地蔵様、赤ではなく白色の涎掛けを付けている。うーん、白の涎掛けねー。ピンとこないなー。 |
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4~5分歩くと右側に「小池邸」(右)。左先に「あかりの博物館」がある。 |
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| 小池邸でかれこれ30分ほど過ごしていたら、雪が小降りの雨に変わったので再び出発。 小池邸のお母さんありがとう。 |
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![]() 「庚申塔」、「八坂神社」、「鞍佐里神社」、「脇本陣柏屋」などを見ながら歩いたが、右の写真のようなかわいらしい橋が沢山あり、それぞれに趣向が凝らされているので橋を見るのも楽しい。 ちなみに小さな橋は 「寺尾沢橋」 「中の沢二号橋」 「大沢橋」 「権現橋」 「寺沢橋」 「倉沢橋」 と続く。 |
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望嶽亭の前に40番目の「西倉沢一里塚跡碑」(右)が立っている。小池邸にも何本か有ったが、碑の横に有る大量の棒は薩埵峠を登るときに使った杖代わりの棒である。 |
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ところで峠の名前の由来だが、倉沢の海から引き上げられた地蔵菩薩を峠に祀ったので、菩薩の別称薩埵から「薩埵峠」。 |
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駐車場の階段を下って遊歩道を歩いた先の「展望台から眺めた景色」(右)は素晴らしい。広重の「東海道五十三次由比宿」で描かれた場所がまさにここ。残念ながら先ほどまでの雪で富士山を見ることはできなかった。 |
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| 晴れていれば富士山が見られるはずだがあいにくの天気。ところがこの先の休憩所で思わぬ事が。曇っていた空から再び雪が降り出したではないか。富士山の代わりに思わぬ「雪の薩埵峠」を味わうことが出来た。 |
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