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日光西街道道中記
喜沢の追分から今市の追分まで約50km。
   五街道とは違う楽しみもありそうだ。


 日光街道・喜沢の追分から壬生道に入り、途中から例幣使街道を通って
今市の追分で再び日光街道に戻る約50kmの街道である。


コメント:地元の人は日光(奥州)街道を奥州街道と呼び、日光西街道を日光街道と呼んでいる。
 日光西街道は日光街道の脇街道であるが宇都宮を通るより5kmほど短かったため、地元の人達の日光参詣はこちらの街道が多く使われており、将軍の日光社参の際も、帰路は日光西街道が多かった。このため、よく整備された街道である。


日光西街道七宿
(1)飯塚宿 ・古墳があり、国分寺跡があり、紫式部の墓もありました。
(2)壬生宿 ・あれっ! また金売吉次の墓が。
(3)楡木宿 ・街道から前方後円墳の全貌を見ることができます。
(4)奈佐原宿 ・「国選択無形民族文化財」が二つもある宿場です。
(5)鹿沼宿 ・鹿沼宿の彫刻屋台は「これでもか」というくらい絢爛豪華。
(6)文挾宿 ・日光街道杉並木に勝るとも劣らない杉並木を堪能できます。
(7)板橋宿 ・「喜沢追分」を出発してテクテク、終点の「今市追分」に到着。
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