HOME 東海道 中山道 甲州街道 日光街道 奥州街道 脇往還 人見街道を歩いています 最終更新日H30/9/4    三鷹から府中八幡町をアップしました


日光西街道道中記

喜沢の追分から今市の追分まで約50km。
五街道とは違う楽しみもありそうだ。
 日光街道・喜沢の追分から壬生道に入り、途中から例幣使街道に合流して今市の追分で再び日光街道に
戻る約50kmの街道である。日光街道の脇街道であるが宇都宮を通るより5kmほど短かったため地元の
人達の日光参詣はこちらの街道が多く使われており、将軍の日光社参の際も帰路は日光西街道が多かった。
                  
日光西街道七宿
(1)飯塚宿  ・古墳があり、国分寺跡があり、紫式部の墓もありました。
(2)壬生宿  ・あれっ! また金売吉次の墓が。
(3)楡木宿  ・街道から前方後円墳の全貌を見ることができます。
(4)奈佐原宿  ・「国選択無形民族文化財」が二つもある宿場です。
(5)鹿沼宿  ・鹿沼宿の彫刻屋台は「これでもか」というくらい絢爛豪華。
(6)文挾宿  ・日光街道杉並木に勝るとも劣らない杉並木を堪能できます。
(7)板橋宿  ・「喜沢追分」を出発してテクテク、終点の「今市追分」に到着。
 旅の記録へ
 日光街道 今市宿へ